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社長コラム

【第5話】吟醸酒の仕込み:最終的な判断は杜氏

一年で最も気温の下がる1月。吟醸酒の仕込みも行われるこの時期、外部の専門家から技術指導を受ける仕組みが清酒業界にある。国税局の鑑定官室や各県の醸造試験場など、経験豊富な酒造のプロが各蔵を巡回し指導に当たるのだ。
 
酒造責任者である杜氏(とうじ)もプロとして自社蔵の事情には精通しているが、その年の原料米や、酵母菌の特質、他社での失敗事例とその対策、応用可能な最新技術などは外部の専門家からしか得られない。私も杜氏とともに巡回指導を受けた。あらためて感じたのは杜氏と蔵元(社長)の役割についてだ。今回の事例から見ていきたい。
 
巡回でテーマとなったのは発酵が遅れている醪(もろみ)にどのような処置をすべきかだった。発酵中の酒である醪に何も手を加えず数日様子を見るか、発酵を活性化させるために追水(水を少量加えること)するか。処置が遅れると発酵の遅れは決定的となり酒質に悪い影響を及ぼす。しかし、自然な発酵過程に手を加えることのリスクもありタイミングが重要だ。
 
指導官は追水をすすめたが、杜氏は慎重だった。それには訳がある。指導官は巡回時の醪の味や香り、状貌(じょうぼう)と、発酵経過や品温記録といったデータをもとに結論を導く。一方、その醪の仕込み工程のほぼすべてに自ら関わって日夜観察している杜氏は、その経験故に指導官のように問題を単純化して考えることに抵抗があるのだ。
 
こんな時、社長の取るべき態度はどのようなものだろうか。私は最終的な判断は杜氏にまかせるべきだと思い黙っていた。酒造りの全責任を負うのが杜氏という職務の重さと誇りなのだ。どの杜氏に酒造りを任せるか、どんな酒を造るべきかについては社長が指針を示すべきだ。しかし、いざ酒造りが始まったら、細かな口出しはしてはいけないのだと思う。
 
蔵元と杜氏に限らず、一般に経営者と技術者の間には適度な緊張感と信頼関係が必要だ。自分の役割を全うし、またそれを超えないというのは、心掛けていても難しいものだが、それが醍醐味(だいごみ)でもあり、良い酒を造るための条件だと考えている。

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